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【2017/10/22 11:58 】 |
こだわり
ひげ
ドダイでございます。

「~はガンダムじゃない」「~はFFじゃない」という議論をよく見かけることがあります。

こだわり、という言葉は便利な言葉でございます。信条というほど重くなく、なにかカッコいいものであると、かく言う私も思っていた時期がございました。
しかし、こだわっていいことなど何一つないのが人生というものではないかと今は思っています。
それはなぜかと申しますと、生きとし生けるもの、失敗や間違いを経験しながら成長する生き物だからでございます。
こだわりなどというものは悪く言えばただ視野の狭い生き方でございます。自分が間違った見識を持つことを忘れずに、ものの考え方を柔軟に変えていかなくてはいけないのでございます。
現に、学生の頃歴史の授業で習った常識は、いくつも覆っておりますし、文化や習慣に至っても確かに変化しています。

冒頭の議論は、ガンダムやFFといった人気シリーズを語るような場で必ず見かけるものでございますれば、お互いに言いたいことを言い合うだけで毎度毎度進歩がありません。
では、一体何がガンダムで、何がFFなのでしょう。こだわり…私情をはさまず、明確にいうなら何だというのでしょうか。
私はFFはともかくガンダムは大好きですから、かつては上に述べたようなしょうもないこだわりというものがございました。しかし、それがいかに無意味なことかと思い知ったきっかけになったのが、画像の作品「∀ガンダム」でございます。
この作品はガンダムが冗談みたいなデザインであるため、公開前から失敗作のイメージを抱かずにはいられないものでした。つまりそう、「こんなものはガンダムじゃない」と。
しかし実際の∀の物語は、歴代のガンダムシリーズにおいて最高であると言ってもよいほどの出来でございます。凝り固まった価値観を横において、とりあえず一歩踏み出してみたガンダムファンの多くが評価を同じくするものであります。

どんなものであれ、「ガンダム」の名で公開されたものは「ガンダム」、「FF」の名で公開されたものは「FF」であり、それ以上でもそれ以下でもないのでございます。
それがそう呼べるものであるとか、そうでないとか、結局は自分自身が認めるか否かという話に過ぎないわけであり、「ガンダム」という名で世に存在するという事実だけが厳然たるものであります。
例えば「SEED」という名前を出しただけで、聞いてもいないことで怒り出す気持ちの悪い人もいます。
それはまあSEEDはとても素晴らしいと言える作品ではないとは思いますが、観た人をバカにしたり、喧嘩を売って良いというものではありませんね。
何に対してもですが、物事は最後までしっかり見たうえで、自分は良かったと思うかそうでなかったと思うならそれはそれとして、自分が好きなものだけを大事にするあまり、ものの考え方が偏ったりしないように気をつけていかなければならないと思うのでございます。


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【2007/02/20 21:11 】 | 日記 | 有り難いご意見(2) | トラックバック(0)
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有り難いご意見
無題
ご無沙汰しております、Jeekであります。

僕の大好きな小説家、森博嗣氏の著作の中に、とある登場人物がこんなことを言っていたのを思い出しました。

「なにかに拘るなんていう、子供っぽいことはそろそろやめないといけないな」

森博嗣氏のことだから、なにか意味があるのは分かっていたのですが、いまいちこの言葉の真意掴みきれないままでいました。漠然とした疑問というか・・

ただ、ドダイさんのお話を読んで、その意味が具体的に反映しました。

同感であります。
【2007/02/27 09:07】| | Jeek #9378d3b5cf [ 編集 ]


無題
Jeek殿、毎度どうも。

これがまた、
「物事の核心に拘る」というなら話は別なのでございますが。

所謂「こだわり」にまつわる心理を分析してみると、
「保身意識」
「自己満足」
「自己顕示欲」

これらの心理を以って
「私は何者であるか」ということを考える年頃になると発生するもののような…。

経験を重ね、自分自身は多くの人々の中に平凡に存在するものだと自覚しないといけないのだと思います。
【2007/02/27 23:20】| | 暫定ドダイ改 #2a9ce756c9 [ 編集 ]


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